• 一般財団法人 水俣病センター相思社について

    一般財団法人 水俣病センター相思社について

    もう1つのこの世を目指して

    1969(昭 和44)年に提訴された水俣病訴訟は1972年ころには原告患者側勝訴の見通しがつくようになってきました。しかし判決後のことを考えるようになってきた患者は地域の中で孤立するしかありませんでした。

     

    「地域の中でいかに生きるか」ということが患者たちの中で大きなものになっていました。また、若い患者、特に胎児性患者の将来が心配でもありました。そういった中で「患者・家族の拠り所」を作りたいという機運が生まれ「水俣病センター」構想に繋がっていきました。

     

    全国にカンパが呼びかけられ、3,300万円の寄付が寄せられました。
    そして、水俣病の多発地のすぐ近くの小高い丘に約1000坪の土地を買い求め、センターの建設に着手しました。

     

    1974(昭和49)年4月、水俣病センターは落成し、「相思社」(互いに思い合う)と名付けられ、活動を開始しました。

     

    水俣病歴史考証館は、もともと患者と共同作業をするためのキノコ工場でした。1988(昭和63)年、展示館に改造され「水俣病歴史考証館」として生まれ変わりました。 (詳しくは相思社ホームページを御覧ください。)